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長野地方裁判所 昭和38年(ワ)83号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕四、被告らの責任

(1) 被告西原は、前記のとおり本件事故につき過失があるから、民法第七〇九条により訴外高橋に対し右事故により受けた損害を賠償すべき義務があり、同被告において然る以上、本件事故が貨物自動車を被告会社の運行の用に供した際、その運行により生じたものであることは当事者間に争いがないから、被告会社は自賠法第三条により同訴外人に対し、その受けた傷害による損害を賠償すべき義務がある。

(2) ところで、<証拠>によれば、請求原因五、(労災保険給付)のとおり、原告国が右高藤に対し合計六二五、七五一円を給付したことが明らかである。したがつて、原告は労働者災害補償保険法第二〇条第一項により右給付額を限度として、右高藤が被告らに対して有する損害賠償請求権を取得したものというべく、被告らは原告に対し、各自高藤に対する損害賠償義務の範囲内でその支払をなすべき義務があるものといわなければならない。

五、損害賠償額の算定

(1) <証拠>を綜合すれば、高藤はその傷害の治療のため請求原因四、(2)のとおり五一、七九一円の医療費を要しかつその受傷による休業により合計三六、六〇〇円の得べかりし利益を喪失したことが認められる。

(2) つぎに、同人の将来得べかりし利益の喪失額について考えるに、<証拠>を綜合すれば、高藤は右受傷により右上腕を肩峰より一一センチメートルの所で切断したが、その創は完全に治療し、かつその肩胛関節の運動は障害されていないこと、同人の事故当時の平均賃金は一日六〇〇円であり、同人は退院時二八才で当時の平均余命年数が三九・五四年であつたことが認められる。しかして、証人高藤教正の証言によれば、同人は昭和三二年自動三輪車の運転免許を取得したが、その後は鉄筋の組立など建築関係の仕事に従事し、昭和三八年八月頃から訴外高藤商会に入り、自動三輪車で鶏卵の配達の仕事をしていたこと、その間自動三輪車または軽四輪車の運転経験はあつたが、運転手専業として勤務した事蹟のないこと、同人は運転技術のほか特に特技はないが、身体は健康であり、受傷後も義手着用等の条件付で運転免許の更新を済せていることが認められる。以上の事実によれば、右高藤は、運転免許を有していたとはいえ、その免許は乗用車は勿論、小型トラツクも運転できないものであつて、従来の経歴と合せ考えても同人を運転手専業の労働者として取り扱うことはできない。そして、右受傷後の健康状態から考えれば、今後同人は重労働には耐えられないが、軽作業に従事することは充分可能であり、努力と訓練次第ではかなりの労働に耐えうるものとみとめられる。そうであるなら右受傷による同人の労働力の喪失率は六割とみるのが相当である。原告はこの点について、労働者災害補償保険法施行規則別表第一および労働省労働基準局長通牒(昭和三二、七、二、基発第五五一号)を基準とし、その喪失率を九二パーセントと主張するが、右は国が労働者災害補償保険法第二〇条第一項の規定に基き第三者に求償すべき場合の損害額の計算について定められた行政上の基準であつて、前記の事実を考慮するとき、これをもつて直ちに右高藤の得べかりし利益の算定の基準とすることはできない。また、以上の事実からみると、同人の労働可能年数は同人が六五才に達するまでの向う三七年間とみるのが相当であるから、同人の将来得べかりし利益の喪失額は四、八六一、八〇〇円(600円×0.6×365日×37年)であり、これを直ちに請求するものとして、ホフマン式計算方法により、これより年五分の中間利息を差引くならば、その総額は一、七〇五、八九五円(円以下四捨五入)となることが計数上明らかである。

(3) 以上、高藤が右傷害によつて蒙つた物質的損害は合計一、七九四、二八六円であるところ、前記三、説示の如く、本件接触事故については同人にも重大な過失があり、(中略)そうであるなら、前記損害額のうち、被告らにおいて賠償すべき額は、その一割二分(0.4×0.3=0.12)に相当する二一五、〇〇〇円(百円以下四捨五入)をもつて相当と認める。 (千種秀夫)

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